もう随分昔話だが、ある年の7月、日本海は若狭野原に家人と二人して釣行したときの話。ここはチヌが濃いところだが、グレも小型なら数が出る。台風一過うねりの残る日で、嬉しいことに私たちを除いて、船着きには猫の子一匹いない。
「ほほほ、貸し切りやんか!」
とことこと波を掻き分けて船頭さんが上げてくれた磯は、雑誌でもよく紹介される地のヒンデと呼ばれる一級磯だった。印象的な尖った景観を持つ磯である。
「やっぱり、人の裏をいかなあかんな♪」
「あんたは、そういうはしこいところだけが取り柄やね」
少しあったうねりと風もやがて収まり、数投目ぐらいから爆釣モードに突入。キープサイズがたまに混じる。入れ食いだ。100匹以上釣って飽きてきた頃に、良型のサヨリが回ってきた。40cm以上ある夏サヨリ、これを見逃す手はない。
「素晴らしい!川藤出さんかい~任さんかい~♪」
足元のタイドプールに釣った良型サヨリを放り込みながら、そのまま釣り続けていると、やがて頬にひんやりとした風が当った。「うん?」ふと見れば沖の空に、不気味な黒雲が立ちこめ、雲に連なる雨の柱が見える。凄いスコールだ。おまけに、どんどんこちらに近づいているではないか。
「あかん!夕立や!カッパに着替えぇ!」
「はいはい」
「はいは1回でええぇ!」
「はいはい」
釣りはとろいが、段取りだけは早い家人と二人して着替えるうちに、バケツをひっくり返したような雨が落ちてきた。夕立には早い時刻だったが、局地的集中豪雨の様相。夏場の軽量カッパなどまるで役に立たず、全身ずぶ濡れ。
「悲惨じゃ…」
「うぅ~」
山での強い夕立の経験はあるが、その比ではない。いつしか空は夕暮れ時のように暗くなっている。そのまま二人して豪雨の中に立ちすくんでいると…
「 どか~ん!」
一瞬海が真っ白に光り!耳をつんざく轟音が頭の真上で爆発したぁ。光と雷鳴が同時だから、至近距離だ。やばい…「日本海で釣り馬鹿夫婦、雷に打たれ遭難!救助間に合わず」明日の京都新聞の見出しが思い浮かぶ。「てっしゅうぅぅ~」と得意のフレーズを大声で叫びたいところだが、海の上だから撤収しようがない。
「竿すぐ畳め、時計は外せ!ファスナーが危ないからライフジャケットも脱げ!急げ!」
金属のものをあわてて放り出し、竿とまとめた。
「落ちるときは、ここに落ちてちょうだい。お願い!」
出来るかぎり、そこから離れるために濡れた磯の上を移動したが、せいぜい10mもない。ただの気休めだ。雷は炸裂し続け、海が光り波が逆巻き…もうSFパニック映画。
「 どか~ん!」
「なんまいだぁ!」
「 どか~ん!」
「おぉまいがぁぁ!」
「おぉ~いぃ!大丈夫やったかぁ~」血相を変えた船頭が、フルスピードで磯に駆けつけて来たのは、雷が収まり突発的な風雨が収まった後だった。雷騒ぎのどたばたで、大サヨリを持って帰るのを忘れたのが、いまだに悔しい。古来、地震・雷・火事・親父というが、阪神大震災とこの日の雷だけは忘れられない。あぁ、恐かった。