長くやっていると面白い人たちと出会います
総じて釣りキチとか釣り馬鹿とか人に云われるぐらいになると、すこしばかり浮世離れした人も多いようです。もちろんまっとうに人生を送っている人も多いのですが、「人生棄権、わたしゃ漁師に生まれたかった」という人もいないではありません。今夜はそんな面白い人たちの愉快なエピソードを少しばかり語りましょう。
結婚式?
私の磯釣りの師匠にGさんという人がいました。最近は私が磯釣りから離れていますので、おつきあいすることもなくなりましたが、以前は連れだって東へ西へと遠駆けしました。年齢は私より少し上ですが、年に見合わない贅肉のない体で、磯の上を飛び跳ねて行くような人です。グレ釣りしかやらない人ですが、とても釣りのセンスがいい名手で、トーナメント優勝経験もある競技会の常連です。
Gさんはサラリーマンですから、日曜日しか休みがとれません。ですから休みとなると、雨が降ろうと風が吹こうと100%釣りです。もちろん家族からは冷たく白い目で見られています。 Gさんには可愛いお嬢さんが二人います。やはり血は争えないもので下の娘さんは彼氏と二人でルアーフィッシングです。それどころか女の子にも関わらずルアーを自分で作るとか。おぉ~DNAというしかありません。
さて、上のお嬢さんはもう年頃ですから、とある素敵な男性と結婚することになりました。無事、式の日取りも決まり彼氏の地元M市で挙式です。
奥さんがいいます。
「お父さん、式は○月○日に決まったからね~」
Gさん、カレンダーを見ながら一言…
「あかん、その日はワシは釣り大会や。まぁ結婚式を断るわけにもいかんから、ワシだけ式を欠席させてもらうわ」
奥さん「あんた!一体何を●▲×▲×◆!!」
娘さん「お父さん、それでも●▲×▲●×!!」
罵詈雑言を浴びかけられたGさんは仕方なく、釣り大会をキャンセルして遠いM市までとぼとぼ出かけることになりました。
帰って来て私に一言曰く「ワシが結婚するわけやないのになぁ~」
ちょっと様子見てくるわ
このGさんと日本海の沖磯で竿を出したことがあります。日本海には珍しく陸地から遠く離れた磯で、マダイや青物が回ってくることで有名な一級磯です。夏時分で暑い日でした。グレ一本やりのGさんはここでもグレ狙いです。私は朝からマダイ狙いで沖を攻めます。陽が上ってじりじり磯を焼く時分になってもアタリは出ません。一緒に上がった仲間や、地元の釣り人にもアタリは出ません。沖にも関わらず潮が全く動かないのです。
離れて釣っていたGさんが私の隣にやってきました。
「H君、ちょっと様子見てくるわ~」
大きい磯ですので、裏の方でも見回りに行くのかと
「えぇ、ちょっと釣れそうな所見てきてくださいよ」
と、適当な返事を返すとGさんの姿は消えました。
小一時間ほどすると、またGさんがやってきました。
「ええとこ、ありました~?」
「ふん、見てみたけどグレはおらん」
「そうですか」
「けど、沖の深いところの岩陰にぎょうさん潜んどる」
「はぁ~(見てきたみたいなこと云うオッサンやなぁ)」
「かなり深いところやからちょっと疲れた…」
「えぇ~?」
Gさんは本当に魚の様子を見に行ったのです、脱帽…
天ぷらにするねん
私は風見鶏の街神戸に住んでいます。生活の糧は自営業それも自由業ですから、あの大震災の後は仕事など舞い込みませんでした。交通網は全滅、水道ガスもダメなくらいですから、ひとしきりガタガタになった家の中を片づけ日課の水汲みをすると、もう釣りぐらいしかする事は残っていません。ちょっと街も落ち着いてきた頃を見計らって様子を見に港へ行くと、港湾事業も復旧していませんし、まだ釣り人の姿も見あたりません。「しめしめ…」ポイントは好き放題、毎日釣りに明け暮れました。
といっても、大都市の波止でそうそう魚が釣れるわけもありません。確率の高い夜釣りが主体です。ある日のこと、いつも通う波止に見知らぬ先客の後ろ姿が見えます。ここの先端は良型メバルが濃いのです(現在は釣り荒れました…)。舌打ちしつつあきらめ「入れて下さいね」と声を掛けると、「どうぞどうぞ」と愛想のいい声が返ってきます。暗がりで見ると人の良さそうな初老のおじさんです。二人並んで釣っていると、その日も調子がよくメバルが次々とかかります。さておじさんはと見ると、磯竿を3本並べてなにやらブッコミ釣りをしています。やがておじさんの景気のいい声が聞こえました。
「よしよし、このアタリや~」
くねくねした良型のアナゴが上がってきます。
このおじさんはアナゴ狙いに来ていたのです。
その後、しばしばこのおじさんとはこの波止で出会うようになり、声を掛け合い缶コーヒーを分け合ったりするようになりました。聞けば西宮からわざわざ神戸まで釣りに来ているそうです。西宮は夏の夜釣りのアナゴ狙いが有名ですので、地元で釣らないのかと聞くと「神戸のアナゴの方がずっと美味しいんや」と釣り人らしいこだわりを云います。釣りは大ベテランで、面白い昔話を色々聞かせてくれますから、寂しい夜更けも苦になりません。連日のように出会います。私はメバルに飽きると、気分でセイゴ釣りやアコウ狙いをしたりするのですが、おじさんはいつもアナゴ釣り一本です。冷蔵庫はアナゴだらけだろうと、不思議に思って理由を聞きただすと…
「ワシ、飯屋しとるんよ~お昼の天ぷら定食に出すと皆美味しいゆうてくれるんや。そやから自分で釣った美味しいアナゴ天ぷらにするねん♪」
「ははぁ~」
いつしかおじさんの姿を見なくなりました。いまでも時折その波止へ行くと、あの優しいおじさんの後ろ姿を思い出します。どこかでアナゴを釣っているのでしょうか、いつまでも元気で釣りを続けてくれていたらなぁ、と思ってしまいます。