笑魚のB級コラム

B級コラム

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釣りの風景

本好きならばある程度釣りに馴染むと、本屋の釣りコーナーで釣り紀行やエッセイ集を手に取ったりするはずだ。かくいう笑魚も何冊か読んだことがある。釣り本というのはたいていがハウツー本で、面白い読み物というのは他の分野に比べてずいぶん少ない。日本で釣り紀行を文学のレベルまで昇華させたものといえば、やはりいまは亡き開高健の「オーパ!」を代表とする釣りシリーズものだろう。これは釣り人のみならず、釣りとは無縁な一般読者にも大いに受けて、出版当時オーパ!という言葉が流行語になったぐらいだ。いまほど海外紹介がなかった時代だから、アマゾンの秘境で巨魚を釣り上げる話は大いに刺激的で面白かった。

あまりにも受けてアマゾンから、北米、アラスカ、コスタリカなど続編を出し続けたものだから、最後は食傷気味になってしまった。映画と同じで続編が出る程、質は低下するようである。やはり「一日幸せになりたければ〜」という中国の諺を有名にした冒頭の科白でから始まる「オーパー!」、日本にフライフィッシングを大いに根付かせるのに貢献したと思われる「フィッシュ・オン!」「私の釣魚大全」あたりが、いま読んでも期待を裏切らないはずだ。再版しているようだから、ぜひいまの時代の若者にも読んでもらいたい。開高健独特のユーモアと諧謔あふれる語り口のファンになるはずだ。読んだからといって釣果が向上するわけではないが、釣りの世界の奥深さ、楽しさを再発見するだろう。つまらない技術論を羅列した釣り本より、ずっと面白いぞ。

ということで、僕も若い頃はずいぶん読書家だったから、本屋には入り浸っていた。神戸の元町通りには海文堂というユニークな本屋がある。ここは昔、港町神戸らしく売り場の半分が海事関連の書籍という珍しい品揃えをしていたのだ。当然海の博物関係や釣り関連の書籍、それも普通の本屋なら仕入れないようなものでも、ずらりと並べてあった。釣りに限らず、子供の頃から海や船が好きだったので、よく通って立ち読みしたものだ。残念ながら近年、日本の海運業そのものが大きく地盤低下した影響を受けてか、このユニークな売り場も姿を消してしまった。今日、皆さんにご紹介したいのは、この売り場で購入した最後の本になった「釣りの風景」である。95年平凡社発行の古い本だから、新しもの好きの皆さんには恐縮だが、釣りがレジャーという枠を超えて、すでに生活に溶け込んでしまった道楽人には、面白い読み物かと思う。

伊藤桂一
大正6年、三重郡神前村出身に生まれる。
4歳のときに、天台宗の住職だった父が死去。以後住所を転々とし東京に移住してから、立正中学、世田谷中学に学ぶ。
昭和13年から3度にわたって7年間軍隊に招集され、習志野騎兵第十五連隊、のち佐倉歩兵第百五十七連隊に従軍し、中国大陸を転戦。
戦後は出版社の編集を中心に各種の職業につきながら懸賞小説に応募。
36年「黄土の記憶」が芥川賞候補、同じく「螢の川」で第46回直木賞を受賞。
58年戦場小説『静かなノモンハン』で第三十四回芸術選奨と第十八回吉川英治文学賞を受賞。戦場小説以外にも抒情性豊かな時代小説があり、詩業として、『定本竹の思想』『伊藤桂一詩集』などがある。

伊藤桂一といっても、あまり若い人には馴染みがないかもしれないけれど、戦記文学の大御所だ(・・・といっても僕は読んでいないので偉そうにいえない)。「釣りの風景」は、この人が長年雑誌などに書き綴った釣り関連のエッセイを集めたもの。釣りをしている時間というのは、およそその場の風景に同化風化している時間だから、読むより先に、背表紙のタイトルに気を惹かれて購入してしまった。内容はといえば、川釣りに明け暮れた人生折々の想い出を綴ったエッセイ三十編余りと、釣りに狂った男を主人公にした掌小説の詰め合わせだ。

この手のエッセイといえば、秘境源流を訪ねて土地の古老と酒を交わしつつ、ついに大物に出会うといったステレオタイプの渓流釣り紀行が多いが、「釣りの風景」はその期待を裏切り、およそ貧乏くさいのである。戦後始めたという金の掛からない手頃なヤマベ(オイカワ)釣りを手始めに貧乏釣り紀行が、淡々と綴られる。小説家版「じあいはこれから」である。バスやブラックギルに汚染される前の河川の釣りを覚えているものには、とても懐かしい風景だし、川釣りをしなくとも、懐を気にしつつ毎日曜波止へと通う釣り師には、その釣りライフに共感できることも多いだろう。詩人だから水辺を渡る風のような文章がとてもいい。

魚籠に一匹のイワナをおさめ
耳に一羽の鶯の声を刻み

すばらしい釣果・・・・・のあった思いで
山径をひとりことこととくだった

草魚釣りに狂った男の話も面白い。モデルがいるのか、いないのか、あるいは作者自身を投影したのか、釣りが持つ妖しい魅力、魔性を知るものには何とも曰く言い難い読後感を味あわせてくれる短編である。やれ○○、やれ○○と道具やポイントの善し悪し、技術論ばかりが話題になりがちな情報時代の今日、この本は釣りの原点みたいなものを都会人に思い出させてくれる。

開高健のように格好良い釣りライフを綴ったでもなし、絢爛饒舌に釣りを礼賛したエッセイでもないけれど、疲れ気味の中高年には一服したいときの玄米茶のような文庫である。再版されているようなので、興味があれば書店で問い合わせてみて欲しい。アマゾンで検索してみたら、平凡社ライブラリーで見つかった。874円也。