笑魚のB級コラム

B級コラム

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寿司食いねぇ!

TEAM1000の会長が、コラムのネタに寿司を取り上げていた。さすが江戸っ子らしく江戸前には詳しい。貧乏笑魚は滅多に寿司なんか味わえないのだけれど、やはり美味しいものは美味しいし、食べたいものは食べたい。うんちくは会長に任せて、今日は寿司にまつわる思い出話でもしてみよう。

母方の親戚がそれぞれ大小料理屋をやっていた関係で、小さい時分からけっこうグルメには縁があった。貧しかった昔、子供が喜ぶと云えば一にカレーライス・卵焼きだったが、「なまこは赤に限る」「鯛は眼の下一尺」などと、およそ子供らしくない能書きを覚えながら僕は育った。下手な釣りを続けているのも、美味しいものを食べたいという強迫観念が染みついているのかも知れない(笑) 成人した頃は、現在では想像もできない好景気だったから、会社の上司にあちこち連れて行ってもらったものだ。花隈の高級料亭から始まり、河豚、寿司、神戸肉と、年中贅沢をして回った。僕は下戸だから、美味しいものがあると嬉しい。いまの若い人は、その点だけは会社に期待はできないだろうな。

ご存じのように江戸前は握り寿司、それに対して関西は箱寿司が本家だ。しかし、いわゆる江戸前の握り寿司が、関西でも主流になって寿司イコール握りだ。食文化では圧倒的に上方が上かと思うが、こと寿司に関しては東高西低だ。江戸のスナックが全国を席巻したわけだ。しかし現在でも、京都や浪花の老舗では、ちゃんとした箱寿司にお目にかかることがある。食はまず目で味わうという。職人の技が込められた箱寿司はちょっとした雅の芸で、箸をつけるのが惜しくなる。

年配の関西人は、やはり赤身の鮪より鮃に代表される白身魚を好むと思う。僕も長らくその伝で、いい年になるまでカウンターではまともな鮪を食ったことがなかった。そんな金があるなら、鮑、鮃、縞鰺、踊り、海胆となるわけだ。鮪を喜ぶのは「東京もんやで〜」とほざいていたわけである。実際、たまにトロを喰っても、そう旨いものとは感じなかった。

さてそんなある日のこと、事務所の近所に開店してまだ日の浅い寿司屋の暖簾をくぐってみた。名前ばかりで味は最低、値段は最高という老舗の寿司屋は多い。旨い店はそうあるわけでないので、時々新規開発してみるのだ。もっとも大抵は挫折に終わるが(笑) 入ってみると、若い人向きの内装で雰囲気はいい。しかしカウンターの端の方でマネージャーらしい男が、老舗の親父に負けない目つきの悪さで、こちらを値踏みしている。カウンターの中に若い衆が二人控えていたので、奥の感じのよさそうな小柄な兄ちゃんの前に座ることにした。

僕は飲みたいときは飲み屋に行く。美味しさを味わいたいから食い物屋では酒はほどほどにしている。ちびちび粘らないから、結構食い物屋ではもてる(爆) その日も適当に喰って帰った。ネタの割りには高いと思ったが、それを補ったのが兄ちゃんの芸である。握り具合が固からず柔らかすぎず、口の中でパラパラと飯粒がばらける感じがとてもいい。大体、たいていの職人は握る時に飯を大目にとってから、必要でない分つまり握り余した分をちぎって桶に戻す。僕はこれがなんとなく汚らしくて嫌いだ。毎日同じ作業を何年も繰り返してして、数グラムの違いが肌で感じ取れないのかと不思議に思う。その程度の感性なくして職人芸ではない。こんな親父が偉そうなことを云うから嫌になる。が、ここの兄ちゃんは違った。ちゃんと一回で必要なシャリをきっちり取っている。「ええやんか〜またこよ」 

そのうちかなりの頻度で暖簾をくぐるようになった。こうなると、どこでも常連は大事にするから「今日は来はるかとおもて、縁側置いておきました♪」などと、くさい科白で嬉しいことを云ってくれるようになる。客の少ない日は、こっちが兄ちゃんに酒を注いで話をすることもある。元々は寿司職人ではなく割烹出身らしい。寿司屋のがさつさがなくて繊細な感じがしたのは、そういった出自も関係あるのかも知れない。いきさつがあって寿司屋で働いているのだけれど、やはり古巣に戻りたいと云う。「まぁ〜あのオッサンの下ではなぁ〜」と云いつつ、奥の方を伺うと、人相の悪いオッサンがやはりこちらを伺っている。どうも犬猿の仲らしい。

「お客さんは鮪を食べませんね・・・」
「う〜ん、なんか好かんのよ」
「ちょっと待っててください・・・」
何やらカウンターの蔭でごそごそしている。
「はい、お箸休めにどうぞ♪」

小鉢に入って出てきたのは賽の目に切られた大トロで、表面に炙り目がついている。
「ほう〜トロのタタキかいな」
「お口にあいますやろか?」
ちょっと吹いてから、口に入れると脂の甘みがじわ〜と拡がった。
「おぉ〜〜〜(T_T)」
「いけますか〜ふふふ(^^)b」

価値観の変化は恐ろしい。白身至上主義者が一夜にして鮪大好き人間になったのである。要は単なる喰わず嫌いで、鮪の旨さを知らなかっただけだ。いったんこれは旨いと学習すると、根がいやしんぼうだから、それからは喰った喰った。大トロはもとより、中トロ、トロ鉄火、トロ新、ヅケ、果ては喰ったことのなかったネギマを食うようになったのである。

きっかけを作ってくれた寿司屋の好青年は、その出来事があった日から、しばらくして店を辞めてしまった。元々大した店でもなかったので、僕も通うのを辞めた。それからずいぶん月日が経ったけれども、小さな柔和そうな目を眼鏡の奥に宿した好青年は今頃どうしているのだろうか。きっと貫禄のある親父になって、何処かの場末の小さな店で、鮪嫌いの関西人を手なずけているに違いない。