笑魚のB級コラム

B級コラム

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釣りの姿

釣りも高じて一人前になると、その人の釣りの姿というものが出来てくる。何十年やってもさまにならない人もいるし、若くして絵になる人もいる。B級笑魚などいつまで経っても進歩がない(笑) 麻雀をやれば性格が分かるとか、ゴルフは性格を写すともいう。釣りも同じこと、竿を持つだけで、その人となりを知ることができるものだ。今夜は、笑魚の想い出に残る釣りの姿を書いてみる。

釣りに魅入られたWさん

その人の名を例えばWさんとでもしよう。付き合った期間は3年足らずだったが、風のように爽やかな印象を、私に残していった人だ。出会いの経過などは長くなるので省く。Wさんは年齢は私と同じである。私は大体気儘な自由業なので、人よりかなり若く見られるが、Wさんはもっと若く見える。シャイで寡黙な人だが、いわゆるきりっとした男前で女性に持てるタイプだ。何回か話を交わす内に、Wさんの歩んできた人生を多少なりとも、知ることができた。もともと遊び好き、根っからの凝り性で、ゴルフには相当打ち込んだという。ひょんなきっかけで釣りに親しんでからは、まさに悪魔の趣味に魅入られてしまい、仕事も家庭も顧みなくなったものだから、自営していた事業はこけるわ、女房には逃げられるわで、大変なことになったらしい。

Wさんが自分の半生をかけた釣りは磯釣りだ。とんと遠征には興味のない笑魚と違って、あの男女群島にも何回も通ったようで、面白い昔話をたくさん聞かせてもらった。トーナメントにも出るが勝負に執着しないタイプだから、あまり結果を残していない。彼のロマンはひたすら大物釣りだ。シーズンになると、車に荷物を詰め込み、車内で寝泊まりしながら一人で1ヶ月過ごすこともあるという。彼から見ると、釣り馬鹿日誌のハマちゃんなどは、まだまだ釣り馬鹿の予備軍程度だろう(笑) 普通、磯釣りをする連中は波止釣りなどしないものだが、彼は家にこもったままだと、竿を持てない禁断症状で手が震えてくるらしい〜僕が彼の車に転がっていた細身の電気ウキをめざとく見つけたら、彼は小さく笑いながら「平日の夜は家の近所でスズキを狙うのよ。80オーバーの引きはたまらん」と、はにかんで見せた。

まかさんかぃ!

釣りも長くやると誰でもスランプに当たることがあるが、僕自身はあまりスランプの経験はない。どちらかというと数釣りは下手なのだが、周りが釣れていなくても、ぼちぼち程度は魚の顔を拝むのが得意な方だから、条件が悪いときでもボウズは少ない。しかし、ある時期僕には苦手な釣り場があって、なんとその釣り場では10連続ボウズという不名誉な記録を更新していた。もちろん対象魚の良型を釣るという意味でのボウズだが、他魚釣りの○○といわれるぐらいおかず釣りが得意な僕も、そこでは全て貧果だった。まぁ通ったうちの多くが、くじ運が左右する釣り大会だったから仕方がない所もあったが、さすがに10連続となると、言い訳も通じない。

「Wさん、わしもういや〜あそこだけは金輪際行かん!」とある日、雑談ついでにグチをこぼすと、彼はひとしきり思案してから「そらぁ、たしかにひどいわ。ちょっと釣り癖つけたほうがええな、小物でもええから数釣ったら悪運が飛ぶで!よっしゃ、今度の日曜一緒に行こう、あそこは顔やから僕が予約しとくで」 そういう成り行きで断るわけにも行かず、二人で土曜の夜から250kmの道のりを走ったのである。

11回目を救った救世主

「この磯はどっちかというと、この時期は数釣り場なんよ。そやけど水温が上がってくる昼前に、必ずでかいのが際に回ってくるから、油断したらあかんでぇ」渡船に揺られながら、Wさんはひとしきり解説してくれるが、どうも潮の色がパッとしない。「あぁ〜今日もあかんなぁ」と、内心愚痴をこぼしつつ、彼の推薦する磯へ二人で上がった。水温が比較的高い時期だったので、マキエを打つとエサ取りが群がる。やがて潮が下げ出すと沖目でアタリが出始めた。良型とまで云えないまでも、この時期ならまずまずというグレがかかる。

「おぉ〜久しぶりじゃ♪」入れ食いに近い状態になったあと、潮が変わった。沖のアタリが止まる。「いかんな〜」何気なく足元にウキを入れると、渋い喰いアタリ…。「ん?エサ取りか」と思って静かに合わせてみると、いきなり穂先が海面に引き込まれた。「あいた!」竿が立たない、かなりの良型だ。小物に合わせてハリスを落としていたので無理ができない。相手は磯際にぐいぐい突っ込んでくる。「くそ〜」たまらず糸を出した途端、竿が跳ね上がった。

「あぁ〜」ふと思い出して時計を見ると、まさに正午前だった。取れるような仕掛けではなかったし、この釣り場では久しぶりの大当たりを味わえたので、それほど悔しくはなかったが、せっかくのアドバイスを忘れていた自分が情けなくもあり、後方のワンドで釣っていたWさんに報告へ行った。「そうやろ〜あの際は出るんよ、ふふふ」 Wさんは白い歯を見せながら笑った。

釣りの姿

昼からは二人並んで釣った。それまで釣り場へ同行したことは度々あったのだが、いつも違う磯に上がっていたので、並んで釣ったことがなかったのだ。どんな釣りをするのかと、横目で観察すると、まずとても行儀のいい釣りをする。大体、磯で並んで釣るときは同じポイントを狙うから、ウキが数十cm以内で並んで流れるというのは珍しくない。知り合い同士ならなおさらだし、相手の打ったマキエを利用するなど当たり前だ。しかし彼はずんと潮下側にウキを流し、自分のポイントを作って釣っている。意地を張り合うような釣りが嫌いなのだろう。見ていると竿さばきが静かだ。立ち姿が絵になっている。

いわゆる釣りの名手と呼ばれる人と並んで釣っても、それまでさほど感心したことがなかった僕だが、思わず興味を惹かれ、竿を置いてWさんの釣りを後ろから見ることにした。岩に腰掛けてWさんの釣り姿を見ると、なんといってもリズムがいい。エサを鈎に付ける、マキエを入れ、ウキを入れ竿をさばく。小さい動きで道糸を修正する。この一連の流れがいいのだ。すべてにそつがなく静かで、しかも速い。早アワセだがとてもソフトだ。糸ふけを出さない釣りだから、小さく合わせてさっと取り込む。バタバタしない釣りだ。美しいといってもいい釣り姿に思わず見とれた。

海を飛ぶ

久しぶりに、重いクーラーを持ち帰ることができたその日からしばらく経った頃、ある釣り大会へWさんと同行することになった。春の嵐が過ぎ去った後で、風の強い日和だった。会場でクジを引くと二人とも違う磯だ。先にWさんが渡礁することになった。沖に出るとやはりうねりが残っており、船がなかなか磯付けできない。おまけに船頭がホースヘッド(船首)を磯に押し付けするのを嫌がっている。関西では押し付けして渡るのが普通だから、おおきくうねる船からは腰が引けてしまって誰も渡ろうとしない。船頭がマイクで皆をせかす。すると、後ろにいたWさんがするするとホースヘッドへ移動して、そのまま牛若丸のように、重い荷物を持ったまま、彼方の磯をめざして海の上を飛んだのだ。

Wさんが渡ったのがきっかけになり、皆が後に続けとばかりにどんどん飛び渡り、次の磯へと船は向かった(実はその日、違う事で僕は悲惨な目に遭うのだが、その顛末はそのうちに…)。同じ年齢と思えない身軽な動きに感心した僕は、帰り際に船着き場で落ち合ったWさんに声を掛けた。「フットワークがええなぁ、うらやましいわ」「ははは、やっぱり恐いで。そやけど、あんな時はもう海に落ちてもええと腹をくくるねん。怖がったら絶対にあかん。気持ちが大事や」普段は静かな物言いのWさんだったが、この時はなぜか真剣な口ぶりできっぱりと言い切った。釣りに人生を掛けてきた男の真剣さが垣間見えた。

別れ

そのうちWさんと別れる日が来た。仕事の都合で地方へ行くことになったのだ。「これからはもっと釣りができるかも…」と別れ際に云っていたWさんから、ある日ひょっこりと葉書がきた。金釘流の下手な字で
「釣りに行っています。こちらは魚影が濃いです…」
といった内容だった。その後何年か便りがあったが、いつしか音信不通になり、いまでは僕もWさんの顔がぼんやりとしか思い出せなくなってしまった。しかし目さえつむれば僕には、あの日颯爽と竿を振っていたWさんの後ろ姿が、くっきりと脳裏に思い浮かぶ。夕暮れに蜻蛉を追う子供のように、楽しそうに竿を振る姿が…