笑魚のB級コラム

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映画と釣り馬鹿

ちゃりこは洋画を中心に年間ビデオを300本観るという映画マニアです。私もつき合わされてよく観ますが、釣りそのものが地味なせいでしょうか、釣り人が出てくる映画というのは意外と少ないようです。今日はそんな中から、印象に残った映画をご紹介しましょう。ちょっと旧い映画で恐縮ですが…

釣りをテーマに取り上げた映画というのは、そうたくさんありません。登山やカーレース、スポーツものと違って、アクションが少なく絵にならないからだと思います。もちろん、マーケットリーダーである女性に、残念ながらいまひとつ釣りが受け入れられていないこともその要因だと思います。

そんなハンデを乗り越え、R・レッドフォードがメガフォンをとった「リバー・ランズ・スルー・イット」は大ヒットを記録、ブラッド・ピットはこの作品で大スターへの切符を手に入れました。釣具屋の店先では、にわかフライ・アングラーが増え、釣り具メーカーの担当者を喜ばせました。日本でもマンネリながら「釣りバカ日誌」が、寅さんシリーズの後を受けて好調にロングヒットを続けています。決して不朽の名作とは呼びにくいこの両作品が、なぜ受けたのでしょう。

釣りは古来「悪魔の趣味」と呼ばれたぐらいで、とことんいくと家庭崩壊人生棄権という瀬戸際で勝負する遊びです。釣りという遊びの特長は、社会的名声や金銭的実利を伴うものではありません。せいぜい周囲に「名人」とおだてられたりする程度で、漁師やほんの一部の例外を除いてプロは存在しない唯一と言っていい遊びなのです。成功した人で、釣りが趣味と言いきる人が少ないことも事実です。

魚が食べられると言っても、蛋白源が店先に安価大量に並ぶ今日では大してメリットはありません。釣りと並んで人を狂わせるものの一つにゴルフがありますが、さすがにゴルフには社交や健康促進という言い訳があります。残念ながら、釣りには費やす労力と金銭の割に、家人や周囲を納得させるだけの見返りはないと言い切れるでしょう(ホント、私の実感〜)

僕は以前、ある釣りクラブに所属していました。このクラブはグレという水産的にはなんの値打ちもない魚を、荒海の磯から釣り上げることに人生の大半を費やしている人間達が集まっているクラブで、もうハマちゃんなんか可愛く見えてしまうほど釣りバカ軍団でした。
「小笠原からトカラ列島まで、魚が釣れるとこはみな行きました。ハイ」
というようなおじさんがごろごろいます。サラリーマンは出世を投げだし、愛妻家は家族を捨て、社長は会社をつぶし…そんな人が、クラブ員中推定70%を占め、残りはその予備軍でした。ちょっとした事情でそのクラブを辞めましたが、いまでも釣りのことしか頭になかったその頃が懐かしく思えます。

ブラッド・ピット演ずる「リバー・ランズ・スルー・イット」のポールは世渡りの下手な人間で、最後は破滅します。ハマちゃんも万年ヒラで出世には縁がありません。しかし彼らは愛されます。「みんなと同んなじようにうんま〜くやるだけが、人生でないんでないかい」という価値観には、ある種のアウトロー的なヒロイズムがあります。ポールが急流に流されながら、大物を必死に追い続けてゆく姿にストイックさはなく、ひたすら遊びに没頭する精神だけです。ハマちゃんは社長のスーさんを弟子呼ばわりでしごきます。彼には出世も公私もありません。あるのは釣道を成就することだけなのです。

ヘミングウェイの原作を映画化した名作「老人と海」も巨大マグロを釣り上げるお話ですが、スペンサー・トレーシー演ずる老漁師は、最終的に徒労に終わった釣行を「誰も知らなくてもいい、俺は釣り上げたんだ」と納得します。彼にとって巨大マグロは人生最後のトロフィー、自分自身へのトロフィーです。ハマちゃんなら「嘘やない、釣ったんや〜」と大声で泣き叫ぶはず。我々凡人には、ストイックな老人よりエピキュリアンなハマちゃんの方が身近ではあります。

さて「リバー・ランズ・スルー・イット」を見て「格好いい、僕も私もやりたい」と思った方は多かったと思います。そこで一言「甘い!」 大体、現実は一流大学入試以上に厳しく、魚はあんなに簡単に釣れません。名人名手といえども、まずはデータ収集から始まります。
「現在の水温は?去年の実績は?誰か釣ったという情報は?今年の成績のいい餌は?競争相手を出し抜くいい方法はないか、弁当のおかずは何が……」
などなど、ひたすら分析と研鑽の日々なのです。

これを読んで「あかん、わいには無理や」というならまずは正常、「おっ、面白そう」と思ったのならばいわゆるパラノイア、立派な世捨て人になれる見込みがありますぞ(笑)